進撃の巨人がそろそろ終わる

人工知能の新時代がくると煽られた時に自分としてはどう捉えればいいのか、かれこれ考え続けている。今回は進撃の巨人に絡めて、人工知能の新時代について考えたい。 進撃の巨人のネタバレは当たり前なので、そこは注意されたし

© 諫山創 進撃の巨人 121話より

© 諫山創 進撃の巨人 121話より

進撃の巨人のテーマをどう捉えるか

© 諫山創 進撃の巨人 121話より

© 諫山創 進撃の巨人 121話より

人は生まれながらに自由で、選んだ自由はたとえ死んだ後でも自分でケリをつける責任がある。 選んだ自由は枷となり、決断したその日を立脚点(思春期の自我の目覚め)として、信念の奴隷として生きていく。 これを描いたビルディングスロマンが進撃の巨人だと捉えている。

好きな漫画やアニメはだいたいガンダムの続編なので、確認したところ進撃の巨人はマブラブの続編、マブラブはガンダムの続編なので、進撃の巨人はガンダムの続編という結論にいたることができた。 ガンダムのテーマは「人間がなぜ戦争をしてしまうか?」なのでこれとも合致する。 機動戦士進撃の巨人ガンダムは素晴らしい作品だ。

(蛇足だけど、なぜこんなテーマで絵もそれほど、愛や友情要素も薄い、進撃の巨人が商業的に成功しているのか意味がわからない... ワンピースでいいんじゃないのか?)

人工知能は巨人の力

© 諫山創 進撃の巨人 121話より

© 諫山創 進撃の巨人 121話より

結局、人工知能、計算機はまだ知性までは至ってないという点が重要だと思う。人間の知恵を知性と知能に分けるとすれば、知性は答えのないものに無理やり答えを導く力、知能は答えのあるものを正確に導く力だと思っている。この知性はつまり自由ということで、無意味なものに意味を見いだすということである。

人工知能はそれがランダムフォレストだろうが、ニューラルネットワークだろうが、知能なので答えがあるものを導くためにしか使うことはできない。圧倒的な巨人の力のようなもので、それをどう使うか、その答えを導く意味までは与えてくれたりはしない。意味を見いだすのはまだまだ人間の知性だという点が重要だと思う。

巨人の力を持つもの持たざる者

© 諫山創 進撃の巨人 121話より

© 諫山創 進撃の巨人 121話より

知性ある人間はこれを他人のためにも自分のためにも使うだろうと思う。これは素晴らしい未来を生み出すかもしれないが、同時に奴隷制度や階級社会がより顕在化してしまうかもしれない。

なぜなら自由な人の中には他人の自由を奪い奴隷にして搾取しようと考えるものがいるからだ。人間は他人を自由を奪って快楽を感じる生得的な性質を持っている。同時に、従属欲も持っていて誰かにすがって生きていきたいとも思う。これらが結びついたとき人間は階級や序列をつけたがる。これがやがて大きな憎しみを産んで戦争の原因になることは歴史が証明し続けている。

力を持たざるものが憎しみを育て、持つものはやがて立場を逆転させられてしまう。巨人化の力を持つエルディア人が立場を逆転させられマーレ人に迫害を受ける。妹を犬に食わされて殺された憎しみが、グリシャがマーレへの復讐へと向かわせる。実際の人類もこれの無限ループだ。

このループを最後どう終わらせるのか、はたまた終わらせないのか、進撃の巨人最終回が楽しみだ。

今のところの結論

僕としては、このループを終わらせるには、一人ひとりが中二病を経て自由を獲得するしかないと思う。

「中二病」という言葉があるが、これは自己同一性を獲得するまでの過程は痛々しいものだということを言い表したなかなか優れた言葉だと思う。ここで獲得するものを「忠誠性」と言うらしい。

忠誠生とは様々な社会的価値やイデオロギーに自分の能力を捧げたりする事の出来る性質である

エリクソンという学者はこう言っており、なるほど感が強い。

忠誠性が正常に獲得されないと、自分のやるべき事が分からないまま日々を過ごしたり、逆に熱狂的なイデオロギーに傾いてしまう

と言っており。これもまた強く納得するところだ。

自分にとっての忠誠性とは何かを選択した立脚点があれば、他人に支配されることもないかもしれない。人工知能の新時代はますます人間の知性が必要とされる過酷なものになるだろう。

僕としては他人を支配して快楽を得る醜い存在にならないよう戒めたいし、 そのようなものを決して許容しないものになりたい。

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